食育についての考察
グリコ
「食育」という漢字を見ると、「人を良くして育む」と読むことができます。
食という言葉にそんな意味があったなんて、いまさらながら驚きですが、確かに食と言う瞬間は人の心を豊かにし、人の体をつくり、人の関係(社会性)を創ります。そういう観点から見ると、食育という言葉は、教育という言葉をより具現化した言葉かもしれません。

人の心を豊かにするというのは、だれでも食事の時ににこにこして食べているから容易に理解できるかと思いますが、家庭での団欒が人を育てるということですね。団欒の中に食事に対する躾があり、さまざまな情報交換があったり、家族の中での思い願いを互いに聞きあったり、食べ物に関する感謝(いただきますを誰に言うのか?)があったり、家庭生活の役割を自覚して実践するとか家族の協力、そして体を作るための食べ物を洗濯する力といったありとあらゆる要素が含まれています。
本当であれば昔の日本の家庭では、わざわざ取り上げないでも家庭でそういう子どもが生きるため社会生活をするための力を養っていけたのですが、現代の何事も早さを重んじる生活(ライフスタイル)では、どんどん省かれて団欒の場が、餌を食う場所(ちょっと言葉がきたなくってすみません)とレベルが下がってきています。
だからこそ、日本のライフスタイルのいいところだった(過去形なのが残念だけど・・・)家庭生活の中の団欒、かぞくいっしょの食事の時間を復活させて、その意義をもう一度見直そうというのがほったんだと思います。それを何とかしようとしているので、教育や専門機関の力で何とかしていきたいと思っているのでしょう。
確かにもう一度「食」というものを見直してみると教育のわすれていた大切な要素がいっぱいあります。そういう意味でも、いままで培ってきたことを再考し意味づけ、実践に生かすということはとっても意義深いことですね。

さて、食育の復活ということを最初に言い始めた(厳密に定義した)食育調査会では、以下のようなことが言われています。

二十一世紀におけるわが国の発展のためには、子ども達が健全な心と体を培い、未来や国際社会に向かって羽ばたくことができるようにしていくことや、全ての人にとっての「健康寿命」をのばすことが大切です。
「人間力」あふれる日本人の基本は「食」にあり、「食育」はその重要な柱として位置づけられるべきものです。 一方、社会や経済の情勢が目まぐるしく変化する中で、忙しい日々を送っている私達は、毎日の「食」の大切さを忘れがちです。
また、自然の恵みのもとに先人から育まれてきた地域色・文化の香りあふれる豊かな日本の「食」は、今、見つめ直さないと、失われる危機に立っています。食の安全への国民の信頼が大きく揺らいだ後、スローライフ、スローフードに関心が高まっている今日、私たちは大事なものに気がつきはじめました。
「食育」は、国民の心と身体の健康を増進し、豊かな人間性と健全な食生活を目指すものであり、消費者の「食」に対する考え方を育て、その選択を手助けするとともに、「食卓から農場まで」顔の見える信頼関係を構築することによって、ひいては食料自給率の向上や環境と調和した持続的な食料生産にも貢献しようとするものです。
今こそ、国民一人一人が「食」について改めて意識を高め、「食」、「子育て」、「教育」等の専門家とともに、「食育」に関わる実践的な活動を「一大国民運動」として展開していくべきではないでしょうか。

( http://www.gotoda.com/weekly/photo/2003/06/shokuiku.doc より引用)

私なりに解釈をしてみると、従来日本人が考えていた「食」は体を作るものという考え方からさらに考えを進めて、「食」は心と体を作るもの という考え方と、「食」はライフスタイルをつくるもの という考え方の二つを冒頭に打ち出しているようです。

最初に述べた「心と体を作るということをここでは、「人間力」「人間力の向上」というキーワードで書いています。この言葉はたぶん、「生きる力」の次に来る言葉でしょうからチェックしておいたほうがいいですね。
ここでちょっと余談ですが、「人間力というと人間として、社会の中でよりよく生きようとする力」です。とさらって書いてあります。しかしこれじゃあ分からない。もともと企業で使われていた言葉のようですが、そのあたりから紐解いていくと・・・
これが「人間力」だ

 「人間力」とは、相手の心にうまく働きかける対人能力である。

 「人間力」とは、仕事がうまくいく人が持っている能力である。

 「人間力」のある人は、働いていて楽しいし、毎日の仕事にやりがいがある。

 「人間力」を持つ人は、相手の心をゆりうごかすことができる。

 「人間力」を持つ人は、相手との利害対立を見事にバランスさせることができる

 「人間力」のある人は、顧客や仕事相手を満足させ、信用を獲得できる。

 「人間力」の基礎は、自分と相手の「心」を意識することにある。

 「人間力」のある人は、「相手の気持ち」を自分の欲よりも優先できる。自分の欲に勝てるからだ。

 「人間力」の達人はいつも、自然に心を開き、リラックスして、相手をよく見ている。

 究極の「人間力」は、「自分の心を無にする」ことである。

いわゆる社会の中で生きるための生き方や自分の人生に対する生き方を言っていることが分かります。
寺家小学校の「人間力の育成」と言った研究の中も

     人間力育成の3ジャンル
  ☆文化生活の基礎  (教科の学習)
  ☆職業生活の基礎  (職業理解)
  ☆市民生活の基礎  (社会参加の経験)
   を身に付けるために組織立てられた、生活科や総合的な学習の時間を中心にした学習の機会と場全体です。「子供が、自主的か
   つ主体的に人間力を身に付ける世界」と言っていいでしょう。

として先ほど言ったことが理念としてのこされていることが分かります。
さらにそのような教育がこれまでなされてこなかったのですか?という問いには、
    従来の教育は、知識・理解が中心で、その学力さえあれば、子供は、将来、よい生活を送るだろうと短絡して考えました。従っ
   て、子供が自分のよさを見つけ、見つけた自分のよさを自分の現在や将来の文化生活、職業生活、市民生活と結びつけて自分
   をさがす(自分をつくる)面が大変弱かったのです。
    分かる喜びだけでなく、今やっている勉強が小学生なりに将来と結びつき、楽しみとなる学習を進めて欲しいと願っています。

といったことが、人間力育成のための必然性としてあげられているのでなるほどと思います。

ちょっと余談が過ぎましたが、話しを進めます。
「食育」というものの大切さの中に、日本の文化の継承と食の安全、そしてスローライフに代表されるようにライフスタイルをみなおすことの3点が特に重要であると書いてありますね。

文化の継承と食の安全とありますが、単に昔からある米を食べなさいとか言ったことではなくって、外国との貿易で安いものがどぉ~ん!と入ってきて実は日本の農業は大きな危機に瀕しています。そういう意味でも日本の昔からやってきた食糧生産を維持し、さらに自給自足できるようなものを増やしていくべきだという願いも入っています。そして地産地消 の言葉に代表されるように、食糧生産の向上と食の安全を進めるべきだという話につながっているのです。
では、地産地消は、学校教育の中でどのような意味をもっているかというと、
「地産地消」は、単に地域の食材を消費するだけではなく、「もの(食材)」をとおして「ひと(心)」がつながることが原点です。この「人と人のつながり」を原点として、食農教育や食育、食文化の伝承と活用、生産者の生きがいや消費者の安心・信頼、さらには、食を柱としたいきいきとしたむらづくり、まちづくりなど地域づくりへとつながっていきます。だからこそ、人間力向上の一端としてその言葉がクローズアップされてきたのです。
さらにここで大切なキーワードとしては、ライフスタイルを見直すということでしょう。殺伐とした現代に心に余裕をもって、物質的な豊かさから精神的な豊かさへの転換ということを言っているようです。じっくり自分自身を見据えて、ゆとりを持って未来をみつめる教育。それも混沌として先行きの見えない現代だからこそ培ってほしい力なのかも知れません。
| 教育 | 10:17 | - | -
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