鬼ヶ城窯の魅力
とは、本来料理や飲み物を入れてこそ意味をなす。眺める楽しみもあるが原点はやはり、美味しく食べるためのものである。それを鬼ヶ城窯の作品は思い出させてくれる。
 料理を美味しく見せるには、どんな器にのせればいいかご存知だろうか。
  それは、少し大きめの器にのせること。器と料理の調和をとるということが大切なのである。しかし、大きすぎてもいけない。大きいととかく重たいものであるが、鬼ヶ城窯の作品は持ったとき「おや!」っと思えるほど軽い。それは轆轤(ろくろ)の技術がしっかりしていてこそできる技である。だから使いやすいし、テーブルに置いても気にならない。 人が陶器に惹かれるのは、土の持つ温かみややさしさに惹かれるのだと思う。それだけならば安い型ものの既製品を買えばすむだけのことであるが、わざわざ手作りの少し値段が高い作品を求めるのはなぜであろうか。
鬼ヶ城窯の魅力

それは器を作る人が、使う人のことを思い願い研究を重ね作品をこの世に送り出しているからである。鬼ヶ城窯の作品も然り。まずもって掌にしとっと馴染む、そして指がすっと入って、そのさわり心地は気持ちよいほどである。コーヒーカップにしても、指を通すと妙に安定する。それは、人が指を通したときに持つ微妙な傾きまでも作品の中に取り入れているからである。手の一部になったような錯覚さえ思える。もはやユニバーサルデザインの極みを奏でている。そんな触り心地、使い心地をもった器なのである。
  手の指5本でぐっと器を持つ。
そのときに指と指の間にしっくりとくる感触。思わず「にやっ」とわらってしまう自分に、一人思う自分だけの時間と楽しみ。
 碗のふちに口を持っていって、ご飯をかき込みたくなる、そんな口当たり。
 食べる前に器のふちに触れるが、その口当たりも料理の立派な味である。そして持ったときの感触さえも味の一部となる。飽きのこない白をベースとした器も実は食材との調和・人との調和・自然との調和から生まれたように感じる鬼ヶ城窯の作品なのである。
| いきる | 10:16 | - | -
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