
物事には必ず裏や表があります。その裏や表が絡み合ってさまざまなことが起こります。ですから、さまざまな価値観が生み出されるのです。さまざまな価値観からそのときその時に応じた自分なりの価値を意味づけることができるようにするのが、学習ですね。物事は一方方向に流れているのではないと、さまざまな面があってそれを自分が見ているのはただ一方だけだと思えれば、ほかの見方も探してみようと思えるのではないでしょうか。世界にあるあらゆる物事に対する尊敬や畏敬の念をもって接するときにそういう見方を追求しようと思えると考えるのです。
物事を見るときにあんまり近いとよく見えませんね。また遠すぎると詳しく見えません。ですからよく観るというのは、適当な距離にいることというのではなくって、近くに行ったり、遠くに行ったり、反対向きに見たり、下から見たり、うえからみたりと様々に労を惜しまずそのものに対してみようという意識を持つことだと思います。その中に寛容ということが生まれ、寛容があるから見守ることができ、考えることが出来るのだと思います。いうなれば寛容というのは、ある意味、物事に対する本人の心の姿勢とそのものとの視野と距離に関係していると思うのです。そういう寛容の姿勢がなければ問題意識も生まれません。逆に寛容の姿勢がありさえすれば、身の回りの世界に少なからず自分が関わっていることが考えられるようになるし、どう自分が対処していけばいいのか少しずつ理解していけるものだと思います。ようは考え方ひとつで、自分の視野も将来も関わり方も変わってくるものです。