先日、人間関係実践プロジェクトの指導者講習会に参加した。さまざまな単純な体験活動を仕組み、そこに課題を設定する。その課題を解決するために、人とよりよく協力・理解・寛容・補完しながら、活動をすることで、自らの目標をクリアしていく過程をあじわった。
活動の途中で、いろいろな理論的な話があったのだ。その中で、興味深い話があった。
人間の忘却曲線が一番大きいのは、聞くだけ見るだけの活動であり、次の日には4分の1しか残っていないといということだった。授業がまさにそれである。
次に操作活動を伴うと3分の1に減る。操作活動を積極的に取り入れようとしているが、それでも3分の1なんだそうだ。
体験活動を伴えば、飛躍的に伸び、2分の1以上になるという結果もあった。
五感を働かせ、自らの体を動かす活動をすることがどんなに大切か、また人間が「動物」という分類に属していることを改めて思い返された。
さらに8割近い記憶を伴っているのが、人にものを教えることなんだそうだ。教師が毎日やっていることが、一番学習効果が高いことになる。
そうやって考えていくと、教師と子どもの間の学習の溝は、実は学習形態にあることになる。(100年以上前からやられている学習形態は、実は教師のプライドを保つため、教師の満足のためであったのか・・・)
いかに積極的に能動的に学習することが大切なのかが見えてくる。学習効果がもっとも大きい方法は、子どもが習っていなくても、自分からテーマに対して予習(調べ学習)をし、課題を持ち、集団学習の中で体験的に能動的に関わる学習形態が、もっともいいことになる。また、テーマ後との一区切りとして、自らまとめていく活動(復習)がより大きな効果を生む。
そういった方法がこれからの学校での学習形態に必要になるだろう。ただし、テーマを追求できるようになってからで、小学校高学年くらいにならないと難しいかもしれない。
低学年では、何もかも初めてなので、体験を伴いながら、学び、復習し、さらに学ぶというサイクルが必要になると思う。復習の中に応用的な力や能動的な力を生むような学習形態が必要になると思う。たとえば、1年生ではひらがなの学習を行うが、学んだ字を使ってならっていない字も使いながら、言葉探しを行ったり、数の合成分解を習いながら、それを使って買い物ができたりすることなどは、応用や能動的な学習につながると思う。それを教師がきちんと評価(ほめて)やり、ほかの子どもに広げることが大切であろう。
小学校というのは、学習形態を成立させるための要素も同時に教え、学ばせ、体得させるところである。だからこそ、さらなる研修と理解が不可欠と思うのである。
