先日2年生の若い先生とお話しするチャンスを得た。その時の雑談・・・
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基礎基本の徹底というけど、低学年においては、基礎概念の成立をめざし、五感を生かした操作活動や体験活動を積極的に取り入れる指導を工夫することが必要です。
簡単に言えば低学年における学習指導で継続的にやらないといけないのは、言語による概念の成立をめざすこと。五感や体験を子どもたちは言葉にすることができないということ。さまざまな体験(学習)を通して、言語として認識することです。そのためには、子どもにそった指導を行わないといけません。考えると言うより、覚えさせたり、実感させたり、訓練して身につけることが大切です。
言語化(記号化)された言葉を使ってこそ、思考に結びつくのです。
そのための橋渡しが2年生ですね。
生徒指導といえば、個の確立を目指すのが1年生。一年生といえば新しいことにふれ、みて、感じて、意欲をもって活動できればだいたいOKだということです。
2年生は、さらに集団を意識した関係作りが必要になります。子どもたちは、集団というものを意識したことがないでしょう。2年生になり、学校生活に慣れてきたからこそ、個人を超えて、他人(友達)を見つめることができるのです。しかし、どのように友達とつきあってよいかは、しりません。
だから2年生の大切なのは、集団(ともだち)とのつきあい方を学ぶことなのです。1年生のように自分と先生という関係から、友達と自分という関係を作り出し、その身の置き方を学習するのです。それはやっぱり指導しないと身につかないでしょう。
友達と関係をもつということは、どういうことか。
友達といっしょにいるとどう言うところがすてきなのか。
それを教えなければなりません。そこに教師の活動に対する価値付けや環境をつくりだすという操作がひつようになります。
ほっといて友達関係が成立すると言うことはありません
一つずつ教えていかなければなりませんよ。だから、AFPYのような活動や行事、学活、体育、図工、音楽祭などの活動が必要になります。
人間関係作りの根幹に関わるのが2年生です。だから学級経営では集団作りが基本になりますよ。
そのためにさまざまな集団的な活動(班活動、係活動など)を取り入れたり、遊びの中で積極的に関わりを持たせるようなゲームなどを推奨し、その中で友達とどうつきあっていけばよいかを教えることが大切になりますね。
よくどうしたらいいか考えるという人がいますが、考える元がないのですから、この時期は教えることがまず一歩です。活動の意義や価値を子どもに諭すのです。
1年生では、活動に関してよい人をほめるでしょ。
同じように2年生では集団的な活動に関わる部分を積極的にほめます。
子どもが先生に告げ口を多分にするでしょ。
それは、自分と他人を意識しているからで、子どもは認められたい、優越感を得たい、のけ者にされたくないということを本能的に行っているのです。だから、それは成長の証ですね。しかし、それを集団の力にするのも2年生の大きな課題です。集団が自己再生能力を持てるかどうかは、2年生の時期に関わっています。やってきた子どもたちに思いを受け止め、それを自分たちで解決する仕組みや自分たちで折り合いをつける方法をまなばせるのです。けっして平等ということはありえません。それを理解するのも2年生ですね。ときどき親は勘違いしていますけどね。子どもには、それを教えないといけません。ですから、価値付けと順序というものを早めにおしえます。
集団学習の最後はどこに行き着くかわかりますか?
それはポジショニングです。
役割
自分のやくわり?
だれもが同じ力を持つことはありません。みんな違う力を持っています。しかし、どの人も存在理由があるのです。その存在理由を見つけて役割分担をきちんとできてる集団は強いのです。
そして、その役割の中で互いに認め合うことが大切ですね。
役割を無視して認め合うことは絶対にありません。ポジショニングの基礎を教えるのも監督である先生ですね。
適材適所、それを意義あるものとして広め、互いにみとめあう環境(教室経営)ができるのが学級担任です。
野球の監督をみてください。
最初から優勝できる監督はいないでしょ。
数ある監督の中で全部の監督が優勝できるはずもありません。Aランク入りしたらOKです。でも、時間がかかるよね。それに人材にもよるし・・・
だから、修行が必要なんです。
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なんか難しいことを言っていて、自分でも相手に伝わってないかなと思うことがある。自分の思いや考えを如何に相手にわかりやすい言葉で使えるかということが、私自身まだまだ修行しないといけないことだなっと反省した。